東京地方裁判所 昭和38年(レ)52号 判決 1965年10月02日
控訴人 奥野孝
<外六名>
以上控訴人七名訴訟代理人弁護士 池留三
被控訴人 稲荷神社
右代表者表役員 比留間彬
右代訴訟代理人弁護士 恒次史朗
主文
本件控訴はいずれもこれを棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、本訴請求の原因である事実は当事者間に争いがないので、控訴人らの抗弁第一項の昭和二一年一二月三一日控訴人奥野が佐々木名義で被控訴人からその主張の土地三三〇坪(実測)を賃借したとの主張について判断する。≪証拠省略≫によれば昭和二一年一二月三一日、控訴人奥野が訴外佐々木名義で被控訴人から参道両側の二一〇坪の土地をマーケット建設の目的で賃料一ヶ月金三円で賃借したことが認められ(右認定に反する原審証人植田己之吉、同小林直太郎、原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果はいずれも信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)るが、右賃貸借の目的物中に右参道両側の二一〇坪の土地以外の土地(控訴人ら主張の建築制限区域)が含まれていた事実を認めるに足りる証拠はない。
なお、≪証拠省略≫中には、控訴人らの主張に添うものがあるが、右証言等は信用できない。而して従前の建物の敷地が参道両側の二一〇坪の範囲に含まれていないことは当事者間に争いがなく、他に仮換地である本件宅地の従前の土地にあたる土地につき、控訴人奥野が被控訴人から昭和二一年頃貸借権の設定を受けた事実を認めるに足りる証拠はなく、結局控訴人奥野が従前の建物の敷地につき、賃借権を有する旨の右主張は採用できない。
二、次に抗弁第二項の控訴人奥野が昭和三二年三月一六日改めて被控訴人から、権利金四〇万円を支払って従前の建物の敷地を建物所有の目的で賃借したとの主張について判断する。
昭和三二年三月一六日、被控訴人と控訴人奥野との間に従前の建物の敷地(但し、被控訴人の主張によれば五坪八合三勺)について建物所有を目的とする貸借契約が締結されたことは当事者間に争いがないので、右貸借契約が賃貸借かどうかについて考えると、≪証拠省略≫を綜合すれば、控訴人奥野は従来ミルクホールを他所で経営していたが、昭和三〇年頃、区画整理のため立退きを迫られていたので、被控訴人の代表者比留間彬に短い期間でよいからと移転先の提供を求めたところ、同人は右敷地を土地区画整理までの間、一、二年程度ならば貸してもよいと答え、右敷地が境内地にあることから借地法の適用を受け土地の返還に困難を生ずることを避けるため二年間又は区画整理までの期限を区切り、無償で使用させる形式の契約書を作成すると共に二〇万円を奉納金として支払わせたこと、この金額については当初被控訴人から三〇万乃至五〇万円を希望されたが、協議の末、二〇万円に決定されたこと、これに基いて控訴人奥野は従前の建物を建築し、その後二年経過して再び二〇万円を奉納金名義で支払って更に二年間右敷地を引続き使用するについて了解を得且つ再び「無償」で二年若くは区画整理実施に伴う地上建物の移転通知がある迄の間とする使用貸借契約書が作成されたこと、被控訴人はその境内地の他の部分を賃貸するに当って契約書に「賃料」とか「地代」という表現は殊更避けていること、控訴人奥野は被控訴人の信者でなく、従って自己の信仰上被控訴人と特段の関係を結んでいないことが認められ、而して右認定事実によれば右「奉納金」はその名称に拘わらず、右敷地の二年間若くは区画整理迄の使用に対する対価であることは明らかであるので、他に反証のない本件においては、右「奉納金」の実質は賃料であると解するを相当とする。従って昭和三二年三月一六日、控訴人奥野と被控訴人との間に、従前の建物の敷地について締結された貸借契約は賃貸借であるというべきである。≪証拠省略≫中、右認定に牴触する部分はにわかに信用できない。
三、そこで被控訴人の前記賃貸借が一時使用の為の賃貸借であるとの主張について判断すると、前記認定事実によれば右賃貸借契約は期限を二年又は区画整理実施に伴う地上建物の移転通知がある迄とする一時使用の為、貸借権を設定したものであることが明らかである。そして、≪証拠省略≫によれば土地区画整理事業の施行として、昭和三五年一一月一四日、東京都知事から翌三六年二月一六日を期限とする従前の建物の移転通知がなされている事実が認められるから、右移転期限の経過とともに、従前の建物の敷地の賃貸借は期間の満了により終了したものというべきである。
四、従って控訴人奥野は、昭和三六年二月一七日以降はなんら正当の権原がなく、従前の建物を所有してその敷地を占有していたものというべきであるから、右敷地を含む従前の土地の仮換地の一部である本件宅地についても、同日以降は使用収益する権利を有するに由なく、それ故、被控訴人に対し、その所有にかかる本件建物を収去して、本件宅地を明渡す義務があり、また右控訴人の占有権限に依存して右建物を使用し、右宅地を占有しているその余の控訴人らは本件建物から退去して本件宅地を明渡す義務がある。
五、以上の次第で本訴請求はすべて理由があるから、これを認容すべく、従って、これと同趣旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからいずれもこれを棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法第九五条、第九三条第一項本文、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田実 裁判官 宮崎啓一 松井賢徳)